生体分子・酵素・エネルギーと代謝の基盤

本文の目次

  1. 原子、分子、イオン
  2. 水との関係と、結合を切る反応
  3. 糖の単位と、そのつながり
  4. 脂質は一種類の鎖ではない
  5. アミノ酸の鎖と、立体的な働き
  6. 変性と、鎖の分解
  7. 核酸の材料と、ATPの構成
  8. 材料と、反応を助ける酵素
  9. 活性部位と、基質の選択
  10. 反応を始める障壁と、前後の差
  11. 平衡でも、正逆の変換は続く
  12. 酵素を助ける補因子
  13. pH、温度、酵素の活性
  14. 速さを測る期間と、終了時の量
  15. 基質を増やすときの限界
  16. 現在の反応方向と、実際の速さ
  17. ATPの反応は、結合切断だけではない
  18. ATPの反応と、必要な反応を結ぶ
  19. ATPの使用と、再生成
  20. 電子を渡す酸化と、受け取る還元
  21. NADの形を変えて電子を運ぶ
  22. 材料の道筋と、反応する場所
  23. 電子伝達と、H+の条件を使うATP合成
  24. 代謝の枝と、生成する場所
  25. 一定の在庫と、流れのある状態

1. 原子、分子、イオン

原子は物質を構成する基本の粒子です。複数の原子が化学結合でつながった電気的に中性のまとまりが分子で、水のH2Oが一例です。原子や原子の集まりが電荷を持つものがイオンです。Na+は一つの原子からなるイオン、HCO3−は複数の原子からなるイオンです。イオンという言葉は、大きさではなく電荷の有無を表します。化学反応では結合の組み替えなどによって物質が変わります。物を細かく砕くだけなら、新しい物質に変わるとは限りません。

2. 水との関係と、結合を切る反応

水と相互作用しやすい性質を親水性、しにくい性質を疎水性といいます。一つの分子に両方の部分があることもあります。水に溶けるイオンも、細胞膜の脂質部分を自由に通るわけではなく、通路や膜を隔てた条件が関わります。一方、加水分解は水を使って化学結合を切る反応です。材料が水の中へ散らばることと、結合が切れて生成物ができることは違います。

3. 糖の単位と、そのつながり

グルコースなど一つの糖の単位を単糖といいます。二つの単位が結び付いた二糖には麦芽糖があり、多数の単位がつながったものは多糖です。でんぷんとグリコーゲンは多数のグルコースからできており、でんぷんは植物、グリコーゲンは動物での代表的な貯蔵形です。セルロースは植物の細胞壁の構造材料になります。これもグルコースからできますが、つながり方が異なるため、ヒトの消化酵素で同じようには分解されません。同じ材料でも、結合の仕方によって性質が変わります。

4. 脂質は一種類の鎖ではない

トリアシルグリセロールは、グリセロールに三つの脂肪酸が結合した代表的な脂肪です。トリグリセリドともいい、中性脂肪の代表です。脂肪酸とグリセロールをつなぐ結合はエステル結合で、三つの結合を持つのでトリエステルと呼びます。体内で材料を貯蔵する形になります。リン脂質には、水になじみやすい親水性の部分と、水になじみにくい疎水性の部分があり、細胞膜の二重層を作ります。コレステロールは環状の構造を持つステロールの一つで、膜や他の物質を作る材料になります。脂質にはこのように異なる構造と役割があり、全てが同じ単位を繰り返した長い鎖ではありません。

脂質の構成は様々

三つの独立した枠で脂質を比較する。上のトリアシルグリセロールは、縦のグリセロールに三つの脂肪酸の線が結び付き、直接名と三本という数を付ける。中のリン脂質は親水性の丸い部分と疎水性の二つの尾の代表模式を直接名で分ける。下のコレステロールは連続する四つの環の部分を示す。脂質全てを同じ反復単位の長い鎖にせず、三者を同じ縮尺の原子式とも扱わない。
上はグリセロールに三つの脂肪酸が結び付く代表的な脂肪、中は親水性と疎水性の部分を持つ代表的なリン脂質、下はコレステロールの環状部分です。構成部分の模式で、原子ごとの式や側鎖の細部、分子間の実寸の比較は省略しています。

5. アミノ酸の鎖と、立体的な働き

タンパク質では、アミノ酸がペプチド結合でつながっています。短い鎖はペプチドと呼ばれます。アミノ酸の並び方や鎖の折りたたまれ方が、タンパク質の働きに関わります。筋の構造、物質の輸送、情報を受ける受容体、反応を助ける酵素などに使われます。同じアミノ酸という材料を使っていても、できあがる形と働きは様々です。

単位と結合

上の薄い黄土色の枠にはグルコースを表す同じ六角形を四つつなぎ、多糖の一部と直接名を置く。六角形間の線へ結合の注記を付ける。下の淡い緑枠にはアミノ酸を表す同じ緑の円を四つつなぎ、ペプチドの一部と直接名を置く。円間の線へペプチド結合と示す。糖の単位とアミノ酸という別の材料を、鎖をつなぐ結合と区別する。各四単位は部分模式で全多糖や全タンパク質が四単位でできるとはしない。
上はグルコースの単位からなる多糖、下はアミノ酸をペプチド結合でつないだ鎖の一部です。四つの形は各鎖を説明する部分模式で、分子全体の単位数や原子ごとの化学式を表しません。

6. 変性と、鎖の分解

タンパク質の立体構造が変わり、もとの働きが保たれなくなることを変性といいます。例えば加熱で酵素の形が変わると、タンパク質の量が残っていても活性は低くなり得ます。これに対して、ペプチド結合の加水分解では鎖が短くなります。折りたたみが崩れた状態と、鎖の結合が切れた状態は別です。変性しただけで全て遊離アミノ酸になるわけではありません。

形が変わる・鎖が切れる

上下の独立した前後比較。上の変性では、左の折りたたまれた緑の四円の鎖が右の伸びた鎖へ変わるが、四円間の三つの結合は残る。下の加水分解では、左の同じ四円の鎖の中央結合を強調し、水との反応後は二円と二円の短い鎖へ分かれる。円そのものは壊れず、前後で同数を保つ。下端には図本体と同じ半径・塗り・輪郭の円を凡例として置き、アミノ酸と直接表示する。選択した鎖の部分模式で、変性だけで全て遊離アミノ酸になる、又はタンパク質の量が消える図ではない。
上の変性では、同じ鎖の一部の折りたたみが変わってもつながりは保たれています。下の加水分解では、水を使う反応でペプチド結合が切れ、短い鎖へ分かれます。どちらも四つのアミノ酸の形を保ち、分子全体の長さや活性の大きさを測る図にはしていません。

7. 核酸の材料と、ATPの構成

ヌクレオチドは、塩基、糖、リン酸を持つ材料です。ヌクレオチドがつながった核酸がDNAやRNAで、アミノ酸の鎖であるタンパク質とは材料が違います。DNAの糖はデオキシリボース、RNAの糖はリボースです。DNAは遺伝情報を担い、RNAには情報やタンパク質合成などに関わる複数の役割があります。ATPはアデニンという塩基、リボースという糖、三つのリン酸を持つヌクレオチドです。ATP一分子とDNA・RNAの長い鎖は、同じ核酸そのものではありません。

核酸とATPの材料

上の核酸の単位では、同じ大きさの青い円、黄土色の五角形、紫の角丸形を結び、リン酸、糖、塩基と直接名を付ける。DNAの糖はデオキシリボース、RNAの糖はリボースと別行で表示する。下のATPでは、上と同寸法・同輪郭のリン酸の円を三つ、リボースの五角形を一つ、アデニンの角丸形を一つ結ぶ。リン酸三つのまとまり、リボース、アデニンをそれぞれ直接示す。構成部分の模式であり、上の一般的なヌクレオチドを全種類同一の塩基や糖と定義しない。
上はヌクレオチドの塩基・糖・リン酸、下はATPのアデニン・リボース・三つのリン酸を示す構成模式です。DNAとRNAでは糖が異なります。図形は構成部分を識別するもので、原子ごとの化学式や分子間の実寸を表しません。ATP一分子をDNA・RNAの長い鎖そのものにはしません。

8. 材料と、反応を助ける酵素

触媒は反応を進みやすくする物質です。基質を変えた後も再び働けるので、一回の反応で材料として正味消費される物質とは違います。生体で働く触媒を酵素と呼びます。多くはタンパク質ですが、触媒として働くRNAであるリボザイムもあります。酵素が直接変える相手が基質、反応後にできるものが生成物です。繰り返し使える酵素にも、劣化や分解は起こり得ます。

9. 活性部位と、基質の選択

酵素の活性部位には、基質との結合や反応を助ける構造があります。基質の形や化学的な性質との対応で、働く相手が選ばれます。関連した複数の基質に働く酵素もあり、全てが唯一の一分子だけに限定されるわけではありません。結合は反応に関わる一段階です。基質が結合したことと、生成物ができたことは、別の出来事として確かめられます。

酵素と材料を分ける

三つの時間順の枠。前では、二つの黄土色の丸を結んだ基質が紫の酵素のくぼみの上にある。中では同じ基質が同じ酵素のくぼみに結び付き、くぼみを活性部位と直接示す。水を使う反応の条件を表示する。後では二つの黄土色の部分が離れて生成物となり、紫の酵素は同じ輪郭のまま残る。基質、生成物、酵素を直接名で識別し、同じ酵素が再び働けると示す。代表的な分解反応の模式で、丸を原子や実数の分子数へ対応させない。
指定した分解反応の模式です。基質が酵素の活性部位に結び付き、水を使う反応を経て生成物が離れます。酵素は生成物にならず、この一回の反応で材料として正味消費されません。形や個数は実際の原子式・速度・全酵素の反応方式を表しません。結合するだけで必ず反応完了するという一般化もしません。

10. 反応を始める障壁と、前後の差

反応の途中には、越えるためのエネルギーを要する障壁があります。これが活性化エネルギーです。山にたとえると、反応前の位置から越える山の高さが障壁で、反応前と反応後の位置の高さの差とは別です。酵素は低い障壁の経路を与えますが、反応物と生成物の自由エネルギーの差を変えません。自由エネルギーは、指定条件で反応の向きを考える際に使う量です。図の横軸の反応の進行度は、時間そのものではありません。

障壁と前後の差

縦軸を自由エネルギー、横軸を反応の進行度と直接示す。一つの反応物の点から二本の曲線が出て、同じ生成物の点へ到達する。酵素なしの実線は高い山、酵素ありの破線は低い山となり、それぞれの曲線へ直接名を結ぶ。二本の開始点と終点は同じで、途中の障壁だけが異なる。下に前後の差は同じ、時間の軸ではないと明示する。定性的な経路であり、横幅を反応時間や速度へ換算しない。
同じ反応と指定条件の二つの経路を比べる定性図です。酵素がある経路は途中の障壁が低く、反応物と生成物の位置は両経路で同じです。縦は自由エネルギー、横は反応の進行度で、時間や反応速度ではありません。曲線の幅や高さに測定値は与えていません。

11. 平衡でも、正逆の変換は続く

正方向と逆方向に進める反応を可逆反応といいます。閉じた系の化学平衡では、両方向の変換が釣り合うため、濃度の正味変化が0になります。分子の変換は続いています。同じ反応と温度で両方向を触媒する酵素は、平衡へ速く到達させますが、平衡の組成や平衡定数を変えません。平衡定数は、その条件の平衡における反応物と生成物の関係を表します。

12. 酵素を助ける補因子

酵素の種類によっては、タンパク質以外の成分も働きに必要です。この補助成分が補因子で、金属イオンや有機分子があります。有機分子の補因子を補酵素と呼びます。必要な補因子を欠く酵素タンパク質がアポ酵素、補因子を含んで機能する形がホロ酵素です。働ける状態かどうかには、タンパク質量だけでなく補因子も関わります。反応中に形が変わる補酵素は、他の反応で元の形に戻す過程も必要になります。

13. pH、温度、酵素の活性

pHは液の酸性・塩基性を表す指標で、値が低いほど酸性が強いことを表します。pHによって、化学基にH+が結び付いたり離れたりする状態が変わります。この離れる変化を解離といい、電荷の状態も変わるため、結合や反応に影響することがあります。温度も速さに関わりますが、強い加熱でタンパク質酵素が変性すると、活性は下がり得ます。温めるほどいつまでも速くなるわけではありません。同じ量の酵素でも、働く条件によって活性は変わります。

14. 速さを測る期間と、終了時の量

反応速度は、指定した時間当たりに基質や生成物の量・濃度が変わる速さです。開始直後の短い期間で測るものを初期反応速度といいます。例えば同じ材料から同じ生成物を作り、どちらも材料を使い切るなら、速い反応は早くできあがりますが、できあがる総量は同じです。初期の速さと終了時の量は、測る期間と対象が違います。

釣り合いと時間記録

上の独立した枠では反応物と生成物の間に右向きの正方向と左向きの逆方向の矢印を描き、釣り合う正味変化0と直接示す。下は別例として生成物量の時間記録を描く。実線の速い記録と破線の遅い記録は同じ初期点から出て同じ終了量へ至る。横軸は時間で、開始直後の同じ短い期間を薄い帯と括弧で初期と示す。同じ材料を使い切る別例という条件を図内に残す。平衡で変換が止まる、又は使い切りと化学平衡が同じという図ではない。
上は閉じた系の可逆反応の平衡で、正逆の変換が釣り合い、正味変化が0となる関係です。下は別の指定例で、同じ初期材料をどちらも使い切り、同じ終了量になる二つの記録を比べます。初期の速さと終了時の量を区別します。下の使い切る模型を、上の化学平衡の状態そのものにはしません。曲線は定性で、数値の時間・量は与えていません。

15. 基質を増やすときの限界

同じ量の機能する酵素を使う単純な模型では、基質を増やすと速さが上がります。しかし活性部位の処理がほぼ使われると、速さは上限へ近づきます。これが飽和です。基質を増やすだけで速さが無制限に比例するわけではありません。十分な基質があるときに機能する酵素量を増やせば、処理できる速さは変わり得ます。酵素の量や状態が変われば、上限も変わります。

16. 現在の反応方向と、実際の速さ

反応前後の自由エネルギー(ギブズエネルギー)の変化をΔGといいます。現在の条件でΔGが負なら、指定した方向は熱力学的に進みやすい状態です。正なら、現在の条件では正味にその方向へ進みにくい状態です。個々の分子が正方向へ変わることまで0になる意味ではありません。実際の共役や外からの駆動、条件の変化によって正味の進行が可能になります。ただし向きと速さは別で、負の値でも反応がすぐに完了するとは限りません。ΔGは温度や反応物・生成物の組成にも関わります。そのため、基準となる標準条件の値と、現在の条件の値が異なることがあります。

17. ATPの反応は、結合切断だけではない

ATPの末端リン酸一つが外れる代表的な加水分解では、ATPと水からADPと無機リン酸ができます。ADPはリン酸が二つのアデノシン二リン酸です。結合を切る段階だけならエネルギーが必要で、切断そのものが放出源なのではありません。ATP加水分解の正味の変化には、生成物までの変化や水との相互作用などが含まれます。エネルギーの受け渡しを考えるときは、結合一本だけでなく反応全体を見ます。

ATPの反応全体

上にATPを三つの同じ青いリン酸の円、糖、塩基の構成模式として置く。末端リン酸と次のリン酸の間の結合を強調し、結合切断だけならエネルギーが必要と図内に直接示す。水を使う反応の後、下ではADPの二つのリン酸と、別に離れた無機リン酸を同じ半径・輪郭の円で示す。ATPと水からADPと無機リン酸という反応全体の文字を下端へ残す。エネルギーを粒や放出矢印にせず、完全な原子・電荷の収支式とも扱わない。
末端リン酸一つが外れる代表的なATP加水分解です。ATPと水からADPと無機リン酸ができます。上で強調する結合を切る段階だけならエネルギーが必要です。正味の変化には生成物までの変化や水との相互作用などが含まれ、結合一本の切断を放出源とはしません。構成部分の模式で、水素や電荷の完全な反応式は省略しています。

18. ATPの反応と、必要な反応を結ぶ

単独では進みにくい反応も、ATP加水分解と実際の仕組みで結び付けば進み得ます。この結び付きが共役で、例えば二つの反応が中間体を共有する場合があります。中間体は、前の段階で生じ、次の段階で使われる物質です。近くにATPがあるだけでは、そのつながりはできません。別の反応でATPが加水分解されても、対象の反応へ結び付く仕組みが必要です。エネルギー変化を足す模型では、結ばれる反応と回数の比をそろえます。負の合計値は進みやすい向きを表し、速さや完了は別に確かめます。

実際につながる共役

上の枠ではATPの反応を含む段階から一つの中間体へ下向きの矢印が届き、その同じ中間体から次の段階で使うという矢印が続く。中間体を二つの別物質に重複させず、前で生じ次で使う関係を直接示す。下は別々の反応の比較で、ATPと水からADPとPiを作る段階と対象の反応を別の枠に置き、実接続の矢印を置かない。近くにATPがあるだけではつながる仕組みは別に必要と表示する。反応段階の模式であり、架空のリン酸中間体や対象の速度0、完了、一定の反応回数は描かない。
上は指定した段階の模式で、ATPの反応を含む段階で生じた同じ中間体が、次の段階で使われる条件です。下ではATPの反応と対象の反応が別の領域にあり、ATPが反応した事実だけで対象へ結ばれるとはしません。Piは無機リン酸です。具体的な原子やリン酸の移送を追加せず、つながりの未確認から対象反応が0と断定もしません。

19. ATPの使用と、再生成

ATPを使う反応と、ADPなどからATPを再生成する反応は別です。使い続けるには、有限のATPを補う働きが関わります。グルコースや脂肪酸はATP生成に使える材料であって、その分子自体がATPではありません。生成と消費が釣り合えば、ATP量が一定でも両方の反応は続きます。筋でのATP結合と加水分解も、同じ一つの動作ではなく、それぞれの段階に働きがあります。

20. 電子を渡す酸化と、受け取る還元

電子を失う変化を酸化、電子を受け取る変化を還元といいます。同じ酸化還元反応の中で、電子を渡す側と受け取る側が対応します。酸素が加わる反応もありますが、それだけが酸化ではありません。図で電子が移ることを示した矢印は、材料の分子全体が運ばれる矢印とは意味が違います。

21. NADの形を変えて電子を運ぶ

NAD+は電子を受け取ると、還元された形のNADHになります。NADHは別の反応へ電子を渡し得る補酵素です。NADP+/NADPHも電子の受け渡しに関わりますが、使われる反応の役割は全て同じではありません。材料にはビタミンのナイアシンが関わります。NAD+とNADHを合わせた量が同じでも、両者の内訳は変わることがあります。ATPとNADHは異なる分子で、役割も違います。水素を含めた式と電子だけの矢印は、示している対象が異なります。

22. 材料の道筋と、反応する場所

細胞質基質の解糖系は、グルコースをピルビン酸まで分解し、ATPやNADHを生じます。この反応自体は酸素を直接使いません。代表的な好気的利用では、ピルビン酸がミトコンドリア内でアセチルCoAとなり、主にマトリックスのTCA回路へつながります。TCA回路はクエン酸回路とも呼ばれます。脂肪酸も分解を経てアセチルCoAを生じます。CoAは補酵素Aの略で、アセチル基を運ぶ形がアセチルCoAです。TCA回路では炭素を変換し、NADHなどの電子を運ぶ形を生じます。解糖、TCA回路、電子伝達系は異なる段階です。

材料の道筋と場所

上の細胞質基質ではグルコースから解糖系を経てピルビン酸となり、解糖系からATPとNADHの生成が分かれる。ピルビン酸だけが移動と名付けた矢印でミトコンドリアの二つの膜を越え、下のマトリックスでアセチルCoA、TCA回路へ反応の矢印で続く。TCA回路からNADHなどが生じる。ATPから使用への別枝はATPを使う反応への接続である。外膜と内膜を別の境界として直接示す。反応の破線と移動の実線を区別し、細胞質NADHの内膜横断や、炭素材料がそのまま電子伝達系へ入る線を描かない。
グルコースを利用する代表的な材料の道筋です。解糖系もATPとNADHを生じ、酸素を直接使いません。破線は反応、青い実線はピルビン酸の移動です。ATPから使用への別枝はATPを使う反応への接続で、生成と使用は別です。外膜と内膜を区別し、細胞質NADHが内膜を自由に越える線は描きません。脂肪酸の別経路、輸送体、全中間体と収量は省略しています。

23. 電子伝達と、H+の条件を使うATP合成

ミトコンドリア内膜の電子伝達系(呼吸鎖)では、NADHなどから受け取った電子が受け渡されます。好気的な条件では、最後に酸素が電子とH+を受け取り、水ができます。この過程の一部は、H+をマトリックス側から膜間腔側へ運ぶことに結び付きます。ATP合成酵素は、内膜を隔てたH+の濃度差と電気的な差を利用します。H+が戻る流れと結び付けて、ADPと無機リン酸からATPを作ります。電子の移動、H+の移動、ATP生成はつながる別々の関係です。酸素消費を測っただけで、ATP生成量が一律に決まるわけではありません。

内膜で電子・H⁺・ATP

上に外膜、その下に膜間腔、中央に内膜、下にマトリックスを置いた断面模式。内膜の左の電子伝達系と右のATP合成酵素は別の装置である。マトリックスのNADHなどから電子という破線矢印が電子伝達系へ入り、そこから別の電子の破線矢印が酸素へ向かう。酸素はH⁺も受け取り水になる。左のH⁺の実線矢印はマトリックスから電子伝達の一部の過程を通って膜間腔へ向かう。右のH⁺の実線矢印は膜間腔からATP合成酵素を通ってマトリックスへ戻る。ATP合成酵素から注記線で結び付くと示す先には、マトリックス側のADPとPiからATPを作る別の反応を置く。電子をATP合成酵素へ通す線や、H⁺をATPの材料に変える線、粒子の個数や収量は描かない。
好気的なミトコンドリア内膜の代表的な関係です。破線は電子、H⁺と付けた実線はH⁺の移動です。電子伝達の一部はH⁺を膜間腔へ運ぶことに結び付きます。酸素は電子とH⁺を受け取り水になります。ATP合成酵素は内膜を隔てたH⁺の濃度差と電気的な差を利用し、戻る流れとATP生成を結び付けます。ADPとPi(無機リン酸)からATPを作る側はマトリックスです。H⁺をATPの原料とはせず、複合体の全配置、係数、全収量や酸素量からATP量への一律換算は示しません。

24. 代謝の枝と、生成する場所

代謝には物質を分解する反応と、合成する反応があります。分解はATPや還元された補酵素の生成などに関わり、合成は材料に加えてATPや電子を使う場合があります。段階的につながる反応の道筋が代謝経路です。グルコースと脂肪酸の利用には異なる入り口と共通する部分があります。ATP生成はミトコンドリアだけで行われるのではなく、ミトコンドリアを持たない成熟赤血球も、細胞質基質の解糖系でATPを作ります。各経路の寄与を合わせたものが、合計のATP生成です。

25. 一定の在庫と、流れのある状態

細胞のATP量が一定でも、生成と消費が続いて釣り合っていることがあります。物質やエネルギーが出入りするこの状態は、閉じた系の化学平衡と同じではありません。材料量、反応速度、電子を運ぶ形、酸素消費、ATP生成は、それぞれ異なる情報です。例えば二つの経路の合計が同じでも、各経路の内訳は違うことがあります。区画・期間・物質をそろえ、測った段階からどこまで分かるかを考えます。一つの反応の化学平衡では、その反応の現在のΔGは0です。しかし細胞でATPの生成と使用が釣り合っただけでは、ATP加水分解のΔGが0とはいえません。その現在の値には、ATPに加えてADPや無機リン酸などの組成も関わります。

用語を確かめる

原子
物質を構成する基本の粒子。結合して分子などの構造を作る。
分子
複数の原子が化学結合でつながった電気的に中性のまとまり。水のH2Oが一例。
イオン
原子又は原子の集まりが電荷を持つもの。
化学結合
原子どうしをつなぐ関係。反応では結合が切れたり作られたりする。
加水分解
水を使って化学結合を切る反応。
親水性
水と相互作用しやすい性質。
疎水性
水と相互作用しにくい性質。
単糖
グルコースなど、糖の一つの単位。
二糖
二つの糖の単位が結び付いたもの。
多糖
多数の糖の単位がつながったもの。
グリコーゲン
多数のグルコースからできる、動物の代表的な糖の貯蔵形。
脂肪酸
炭素の鎖と酸として働く部分を持ち、脂質の材料や代謝の材料となる物質。
グリセロール
三つの脂肪酸と結合してトリアシルグリセロールを作る材料。
トリアシルグリセロール
グリセロールに三つの脂肪酸が結合した代表的な脂肪。
リン脂質
水に向く部分と向きにくい部分を持つ、膜の材料となる脂質の一群。
ステロール
コレステロールなど、環状の構造を持つ脂質の一群。
コレステロール
膜や他の物質の材料となるステロールの一つ。
アミノ酸
ペプチド結合でつながってタンパク質の材料となる分子。
ペプチド結合
タンパク質やペプチドでアミノ酸どうしをつなぐ結合。
ペプチド
アミノ酸がつながった比較的短い鎖。
変性
タンパク質の立体構造が変わり、もとの働きが保たれなくなること。鎖の全分解とは異なる。
ヌクレオチド
塩基、糖、リン酸を持ち、核酸の材料となる分子。ATPもその一つ。
核酸
DNAやRNAなど、ヌクレオチドがつながった物質。
塩基
ヌクレオチドの構成部分の一つ。ここではアデニンなどを指す。
リボース
ATPやRNAのヌクレオチドに含まれる糖。
ATP
アデノシン三リン酸。細胞のエネルギーの受け渡しに関わるヌクレオチド。
ADP
アデノシン二リン酸。リン酸が二つある分子で、ATPからの反応や再生成に関わる。
無機リン酸
ATPの加水分解などで生成物となるリン酸。Piとも表す。
触媒
反応を進みやすくし、一回の反応ごとに材料として正味消費されるわけではないもの。
酵素
生体で化学反応を触媒するもの。多くはタンパク質だが、触媒RNAもある。
リボザイム
触媒として働くRNA。
基質
酵素が直接変化させる反応の相手。
生成物
反応によってできた物質。
活性部位
酵素で基質との結合や触媒に関わる構造のある部分。
活性化エネルギー
反応が進む途中の障壁を越えるために必要なエネルギー。
自由エネルギー変化ΔG
指定した条件の反応前後の自由エネルギーの差。負なら指定方向が熱力学的に進みやすいが、速度は別である。
化学平衡
正方向と逆方向の変換が釣り合い、濃度の正味変化が0になる状態。変換が止まることではない。
平衡定数
指定した反応と温度での平衡における反応物と生成物の関係を表す量。
補因子
酵素の働きに必要となる、タンパク質以外の補助成分。金属イオンや有機分子がある。
補酵素
有機分子の補因子。
アポ酵素
必要な補因子を欠く酵素タンパク質。
ホロ酵素
補因子を含んで機能する形の酵素。
pH
液の酸性・塩基性を表す指標。値が低いほど酸性が強い。
初期反応速度
反応開始直後の短い期間で測る、量や濃度が変わる速さ。
飽和
一定の酵素量で基質を増やしても、処理の速さが上限に近づく状態。
共役
二つの反応が実際の機構で結び付き、一方の反応が他方の進行に関わること。
酸化
電子を失う変化。酸素が加わる変化だけに限定しない。
還元
電子を受け取る変化。
NAD+
電子を受け取ってNADHとなる補酵素の形。
NADH
NAD+が還元された形で、別の反応へ電子を渡し得る。
ナイアシン
NADやNADPの材料に関わるビタミン。
細胞質基質
細胞質のうち、小器官などを除く液状の部分。解糖系などが働く。
解糖系
グルコースをピルビン酸まで分解し、ATPやNADHを生じる細胞質基質の経路。
ピルビン酸
解糖系で生じ、好気的な利用ではアセチルCoAへつながる物質。
アセチルCoA
補酵素Aがアセチル基を運ぶ形。TCA回路への代表的な入口となる。
TCA回路
主にミトコンドリアのマトリックスで炭素を変換し、NADHなどを生じる代表経路。
マトリックス
ミトコンドリア内膜に囲まれた内側の区画。
膜間腔
ミトコンドリアの外膜と内膜の間の区画。
電子伝達系
電子を段階的に受け渡す装置。ミトコンドリアでは内膜にある。
H+
水素イオン。内膜を隔てた濃度差と電気的な差がATP合成に関わる。
ATP合成酵素
H+の戻る流れと結び付けて、ADPと無機リン酸からATPを作る装置。
代謝経路
物質を変える反応が段階的につながる道筋。
デオキシリボース
DNAのヌクレオチドに含まれる糖。RNAやATPに含まれるリボースとは異なる。
解離
結び付いていた成分が離れること。pHによって化学基にH+が結び付く/離れる状態が変わり得る。
触媒サイクル
酵素が基質に働いて生成物を生じ、次の反応で再び働ける状態へ戻る一周の過程。
トリグリセリド
トリアシルグリセロールの別名。グリセロールに三つの脂肪酸が結合した、中性脂肪の代表。
エステル結合
ここでは脂肪酸とグリセロールをつなぐ結合。トリアシルグリセロールには三つあり、トリエステルと呼ぶ。
中間体
ある反応の段階で生じ、次の段階で使われる物質。