褐色脂肪の熱産生とATP合成

本文の目次

  1. 震えによる熱産生とは別の経路
  2. 内膜の両側とATP合成
  3. ATP合成酵素を迂回する戻り道
  4. 総量が同じでも配分は変わる

1. 震えによる熱産生とは別の経路

震えでは、骨格筋の収縮によって熱が生じます。褐色脂肪は脂肪組織の一種で、その細胞のミトコンドリアでは、UCP1というタンパク質を経由する熱産生が行われます。これは震えを伴う骨格筋の収縮とは別の、非震え熱産生に寄与する経路です。褐色脂肪の経路だけが、体の全ての熱を作るわけではありません。

2. 内膜の両側とATP合成

ミトコンドリアの外膜と内膜の間を膜間腔、内膜に囲まれた内側をマトリックスといいます。プロトンはH+、つまり水素イオンです。内膜の両側の濃度と電位の差による条件を、ここではプロトン勾配と呼びます。この条件のもとでH+が膜間腔からマトリックスへATP合成酵素を通って戻ることは、ADPとリン酸からATPを合成する過程に結び付きます。ATPはアデノシン三リン酸の略称です。

3. ATP合成酵素を迂回する戻り道

UCP1は脱共役タンパク質1の略称で、褐色脂肪細胞のミトコンドリア内膜にあります。H+がUCP1を経由してマトリックス側へ戻る経路では、ATP合成酵素を迂回し、勾配のエネルギーが熱として散逸します。散逸とは、ここではエネルギーが熱として広がることです。UCP1はATPを直接加水分解する酵素ではありません。ATP合成経路や、その後のATP利用からも熱は生じるため、UCP1経由の直接散逸を細胞全体の総熱量と同じにしないで追います。

4. 総量が同じでも配分は変わる

二つの戻り道だけを扱う模型を考えます。勾配と毎秒100単位の供給を保ち、AではATP合成酵素へ80、UCP1へ20、Bではそれぞれ40と60が戻ります。ATP合成酵素経由の一単位当たりATP生成量が同じなら、その経路のATP生成速度の比は40÷80=0.5です。UCP1経由ではATPを合成せず、一単位当たり同じエネルギーを直接熱として散逸する条件なので、その経路の割合は20/100=0.2から60/100=0.6へ増えます。この割合は模型でUCP1を経由する部分であり、細胞全体の総熱量の割合ではありません。Bにも40単位のATP合成経路が残ります。単位は比較のための任意単位で、一単位が実際のH+一個やATP一個を表すわけではありません。

褐色脂肪のH+の二経路と指定模型

上の膜間腔から、内膜にあるATP合成酵素とUCP1へ別々にH+の矢印が入り、両経路から下のマトリックス側へ戻る。左はATP合成、右は熱への散逸。下の模型表はAがATP合成酵素80・UCP1が20、Bが40・60で、各100単位/秒。ATP経路量の比40/80=0.5、UCP1の割合0.2から0.6。
上は褐色脂肪細胞のミトコンドリア内膜の一部を示す模式図です。H+は膜間腔側からマトリックス側へ戻ります。ATP合成酵素を通る経路と、UCP1を経由して直接熱として散逸する経路を分けます。ATP合成経路や後のATP利用からも熱は生じるので、右の経路を全熱産生と同じにはしません。下は本文の勾配・供給・経路ごとの条件を保った二経路だけの模型です。数は任意単位/秒で、実H+個数やH+対ATPの化学量論ではありません。UCP1割合は総戻り量のうちその経路を通る部分で、細胞全体の総熱量の割合ではありません。

用語を確かめる

褐色脂肪
脂肪組織の一種。細胞のミトコンドリアのUCP1経路が非震え熱産生に寄与する。
震え熱産生
震えに伴う骨格筋の収縮によって熱が生じること。
非震え熱産生
震えに伴う骨格筋収縮によらない熱産生。褐色脂肪のUCP1経路はその一つ。
膜間腔
ミトコンドリアの外膜と内膜の間にある空間。
マトリックス
ミトコンドリアの内膜に囲まれた内側の区画。
プロトン(H+)
水素イオン。ここではミトコンドリア内膜を介した戻り道を追う。
プロトン勾配
ここでは、内膜の両側のH+の濃度差と電位差による条件。H+が戻る過程と結び付く。
ATP
アデノシン三リン酸。細胞内でエネルギーを使う反応に関わる分子。
ADPとリン酸
ADPはアデノシン二リン酸。ATP合成酵素によるATP合成の材料となる。
ATP合成酵素
内膜を介したH+の戻りの条件を使い、ADPとリン酸からATPを合成する酵素。
UCP1
脱共役タンパク質1。褐色脂肪細胞の内膜で、ATP合成酵素を迂回するH+の戻りに関わる。
脱共役
ここでは、H+の戻りとATP合成との結び付きを弱めること。ATPの直接分解と同じではない。
熱としての散逸
ここでは、勾配のエネルギーが熱として広がること。細胞の総熱量を定量する言葉ではない。
模型の単位
比較のために設定した量の単位。実際のH+一個とATP一個の対応を表さない。