体内環境と恒常性の基盤
本文の目次
- 細胞の中と、細胞を囲む液
- 血管の中でも、細胞の中とは限らない
- 体の中の空間と、吸収された側
- 二つの境界を分けて追う
- 交換する場所と、運ぶ流れ
- 水と、膜を通らない溶質
- 通りやすさと、動かす条件
- 体の出入りと、体内での移し替え
- 追う成分の収支
- 同じ状態でも、流れは続く
- 量と濃度、全体と部分
- 保とうとする量と、変える出力
- 検出から、実際の働きへ
- 変化を戻す向きの回路
- 強める関係と、終わる条件
- 変化する前と、変化した後
- 遅れと、まだ分からない部分
- 深部・皮膚・熱の動き
- 熱が伝わる相手を確かめる
- 汗の分泌と蒸発は別
- 水の補給と保持
- ADHが変える透過性
1. 細胞の中と、細胞を囲む液
細胞の内側にある液を細胞内液、細胞の外側にある液を細胞外液という。分ける基準は細胞膜であり、体の表面からの距離ではない。細胞が酸素や栄養分を受け取り、不要物を渡す相手は、その周囲の細胞外液である。この細胞を取り巻く環境を、体内環境として考える。
2. 血管の中でも、細胞の中とは限らない
血液には液体部分の血漿と血球がある。血漿は血管の中にある細胞外液だが、赤血球などの血球の内部は細胞内液である。血管の外の組織で細胞の間を満たす液を間質液(組織液)という。血漿と間質液は細胞外液の主要な区分で、これらのほかに脳脊髄液などの区分もある。間質液の一部はリンパ管へ入り、リンパ液として静脈へ戻る。名称は場所や経路を示すので、すべての液の組成が完全に同じという意味ではない。
3. 体の中の空間と、吸収された側
消化管の内側の空間を管腔という。管腔は口などを通じて外界につながっている。飲んだ水が胃や腸の管腔にあるだけなら、体の内部の位置にあっても、まだ体内液へ吸収されたとはいえない。上皮を越えて血液や組織の側へ入る過程が吸収である。気道や肺胞の空気も細胞外液とは別で、酸素は肺胞と血液の間の薄い境界を越えて血液へ入る。
4. 二つの境界を分けて追う
血漿から間質液への移動では毛細血管壁を越え、間質液から細胞の内側への移動では細胞膜を越える。毛細血管は組織と血液の交換に関わる細い血管で、その壁と各細胞の膜は同じ境界ではない。どの物質が通るかは、その境界の透過性による。水が通った記録から、別の溶質も通るとは決められない。陽イオンは正の電荷を持つイオンで、Na⁺はナトリウムイオン、K⁺はカリウムイオンを表す。典型的な正常体液では主要な陽イオンは細胞外でNa⁺、細胞内でK⁺であり、両区画の組成は同じではない。
血管の内外と、細胞の内外
5. 交換する場所と、運ぶ流れ
肺では酸素が空気から血液へ入り、二酸化炭素が血液から空気へ出る。その血液が血管を流れることが、体内での運搬を担う。組織では酸素や栄養分が血液から間質液を介して細胞へ届き、二酸化炭素などが逆向きに回収される。肺胞は肺の奥にある小さな空気の袋で、二酸化炭素は肺胞の空気へ移った後、呼気として体外へ出る。閉鎖循環系という名は血液が血管内を巡ることを指し、血管壁を越える交換がないという意味ではない。すべての物質が同じ経路や速度で移るわけでもない。
6. 水と、膜を通らない溶質
水を通す選択的な膜を隔てて、溶液の溶質の違いに伴って水が移る現象を浸透という。静水圧差で押されて移る濾過など、すべての膜横断水移動を浸透と呼ぶわけではない。Xだけを含む二つの希薄水溶液を考え、Xは非解離の中性物質で、膜は水を通しXを通さないとする。初期の温度と静水圧が同じなら、水はXの低濃度側から高濃度側へ正味に移る。水が移ってもXが膜を越えたことにはならない。ほかの溶質や圧差がある場合は、それらも移動条件になる。
7. 通りやすさと、動かす条件
透過性は、境界をその物質がどの程度通れるかという性質である。水を通す経路が増えることと、水を一方向へ動かす条件があることは別だ。温度や圧、膜を通らない溶質の違いなどの条件を確かめて、正味の水移動を考える。透過性の観測だけで移動方向や同じ移動量まで決めたり、移った水を新しく作られた水と扱ったりはできない。
8. 体の出入りと、体内での移し替え
血漿・間質液・細胞内液をまとめて追うと、これらの区画間の移動は体内での再分配である。血漿から間質液へ水が移っても、それだけで全身の水を失ったことにはならない。消化管から吸収される水はこの境界への補給となり、尿・呼気・皮膚などから体外へ出る水は損失となる。管腔に入っただけの水と、上皮を越えて体内液へ入った水は分けて数える。
摂取・吸収と、体内の区画間移動
9. 追う成分の収支
同じ期間の変化を比べるときは、どの境界で何の量を追うかを決める。外から入る量を足し、外へ出る量を引く。追う成分が内部で作られるなら生成量を足し、別の成分へ変わって数えなくなるなら消費量を引く。生成・消費やほかの出入りがないときだけ、変化量を流入量と流出量の差で表せる。ある成分が減ることを、全物質の質量が消えることと同一にはしない。
10. 同じ状態でも、流れは続く
量が時間を通じて変わらない状態でも、流入と流出、生成と消費が釣り合っていることがある。これが定常状態で、出入りの停止を意味しない。一方、受動拡散の平衡では正味の拡散がなくても、両方向の分子移動は続き得る。定常状態には、エネルギーを使って区画の違いを保ちながら流れが続くものもある。量が一定という記録だけでは、勾配がなくなったことやエネルギー不要までは決められない。
11. 量と濃度、全体と部分
濃度は、溶質の量を溶液の体積で割った値である。同じ溶質量でも水量が変わって体積が変われば、濃度は変わる。全身にある水や成分の総量が同じでも、区画間の配分まで同じとは限らない。尿へ出た物質を読む場合も、ある期間の全排泄量、尿の体積、その濃度を分ける。排泄は、この記録では物質が尿として体外へ出ることを指す。
12. 保とうとする量と、変える出力
恒常性は、変化する条件の中で体内の状態を調節する働きである。全ての量が毎瞬間同じ値に固定されることではない。保とうとする対象を調節変数という。脳や臓器など身体内部の温度を深部体温という。深部体温は調節変数の例で、発汗や皮膚血流はそのために変える出力の例である。基準や調節される範囲も状況によって変わり得るので、全員・全状況で同じ一つの数値を基準にするとは限らない。
13. 検出から、実際の働きへ
検出器(センサー)は状態についての情報を受け取り、その情報を報告する。情報を統合する側は、必要な出力を決める。効果器は筋や分泌する細胞など、指令を受けて状態へ実際に働く部分である。対象の状態とセンサーの報告、出された信号と実際の効果は別に確かめる。一部の信号が記録されただけで全回路の働きを決めることはできない。情報が伝わることと、水や材料がそのまま移ることも別である。細胞の受容体は信号分子を受け取り、細胞内の変化へつなぐたんぱく質である。外側で受け取った信号を細胞内の分子が中継する場合、信号分子自身が中へ入ったとは限らない。
14. 変化を戻す向きの回路
状態が変化し、その情報を受けた応答が元の変化を打ち消す方向へ働く関係を、負のフィードバックという。対象が高くなれば下げる方向、低くなれば上げる方向が戻す働きである。負という名は、効果器の出力が必ず減ることや、値が負になることを意味しない。効果によって変わった状態が再び検出される戻りを含めて回路をたどる。血流が物質を一方向へ運ぶ矢印だけでは、その戻りの制御を示したことにならない。
状態の情報が戻る制御回路
15. 強める関係と、終わる条件
応答が元の変化をさらに強める向きに働く関係を、正のフィードバックという。正と負は善悪の名ではなく、対象の変化への効果を表す。例えば、増えた信号がその信号を作る働きを強める関係は増幅側である。ただし、その産生に必要な素材が尽きるなど、過程を制限・終結させる条件も考える。増幅の結び付きがあることだけで、信号の総量が必ず増え続けるとはいえない。除かれる流れも含めて状態を読む。
16. 変化する前と、変化した後
起こる変化を予測する情報から先に出力を変える制御を、フィードフォワードという。運動の指令に合わせて呼吸の駆動を変えるような先取りがその例である。変わった対象量を検出して応答するフィードバックと、情報のきっかけが異なる。先取りと変化後の調節は同じ系に併存できる。先取りの出力があったことだけで、その後の状態が必ず目標どおりになるとは決められない。
17. 遅れと、まだ分からない部分
検出・情報伝達・効果器の反応には時間がかかり得る。過去の低い状態に対する補正が、現在すでに高い状態へ働けば、現在の偏りを強めることもある。負のフィードバックの向きがあることと、瞬時に誤差がゼロになることは別だ。また、センサーの報告や指令の到着だけが確認できても、効果器の実作用、現在の状態、ほかの経路まで確認したことにはならない。どこまでの記録があるかを分けて読む。
18. 深部・皮膚・熱の動き
深部体温は脳や臓器など身体内部の温度で、皮膚温とは分ける。正常な体温調節では、脳の視床下部が温度情報の統合に重要である。寒いときの震えは骨格筋の収縮で熱産生を増やし、血流は生じた熱を運ぶ。皮膚血流の調節は熱の放散に関わるが、熱産生そのものではない。皮膚温が下がっても深部体温が同じだけ下がったとは限らず、産生と放散の調節が深部の状態を支えている場合がある。
19. 熱が伝わる相手を確かめる
直接接触する物体間の熱移動は伝導、空気や水など流体の動きに伴う熱移動は対流、電磁波による熱交換は放射という。蒸発を除いたこれらの正味の熱移動は、高温側から低温側へ向かう。相手は接触物、周囲の空気、放射を交わす表面でそれぞれ異なる。気流が強いことだけで放熱側とは決められず、空気の方が高温なら対流で受熱する条件もある。
20. 汗の分泌と蒸発は別
皮膚上の汗が蒸発するとき、気化に必要な熱が皮膚から奪われる。汗が出た量と蒸発した量は同じとは限らず、液体のまま流れ落ちた分を蒸発した分に足さない。蒸発の起こりやすさには、表面と周囲の水蒸気の状態や気流などが関わる。同じ量の汗が出たという情報だけでは、同じ放熱量を保証できない。
21. 水の補給と保持
飲んだ水が吸収されれば体内液へ水が加わる。水は尿・皮膚・呼気などから体外へ出るので、その出入りと内部の区画間移動を分けて追う。腎臓は尿として出す水の量を調節する。保持を強めることは、水の損失を抑える働きであり、水を新しく作ることではない。内部再分配で血漿の量が戻っても、失った全身の水量まで元に戻ったとは限らない。
22. ADHが変える透過性
ADH(抗利尿ホルモン)は、水の保持に関わる情報を伝えるホルモンである。腎臓の集合管は尿の通る管で、その内側が管腔側、周囲の組織の液が間質側に当たる。正常にADHへ応答する集合管では水の透過性が高まる。実際の水移動には、膜を通らない溶質が生む有効な浸透圧差や静水圧なども関わる。管腔から体内側へ水を戻す再吸収は、透過性だけで方向や量まで一律に決まるわけではない。
用語を確かめる
- 体内環境
- 細胞を取り巻き、物質の受け渡しに関わる環境。この単元では細胞外液との関係を中心に考える。
- 細胞内液
- 細胞膜の内側にある液。血球の内部も含む。
- 細胞外液
- 細胞の外側にある液。血漿や間質液が主要な区分。
- 血漿
- 血液の液体部分。血管内にある細胞外液で、血球の内部とは別。
- 血球
- 血液の有形成分で、赤血球・白血球・血小板などを含む。赤血球などの細胞の内部の液は細胞内液に当たる。
- 間質液(組織液)
- 組織の細胞の間を満たす細胞外液。
- 管腔
- 管の内側の空間。消化管の管腔は外界につながる。
- 上皮
- 表面や管腔の面などを覆う細胞層。管腔と組織の側との境界になる。
- 吸収
- 物質が消化管の上皮などを越えて、体内の血液や組織の側へ入る過程。
- 毛細血管
- 血液と組織の間の交換に関わる細い血管。
- リンパ液
- 組織液の一部がリンパ管へ入った液。静脈へ戻る経路を通る。
- 透過性
- ある境界を特定の物質がどの程度通れるかという性質。
- 溶質
- 溶液に溶けている物質。水を溶媒として考えるとき、水とは別に追う。
- 浸透
- 水を通す選択的な膜を隔てて、溶液の溶質の違いに伴って水が移る現象。圧差による濾過など、全ての膜横断水移動とは区別する。
- 肺胞
- 肺の奥にある小さな空気の袋。周囲の血液とのガス交換に関わる。
- 内部再分配
- まとめて追う体内液区画の間で物質や水が移ること。外部からの補給や体外損失とは別。
- 収支
- 同じ境界・期間・成分について出入りと内部の生成・消費を合わせた増減。
- 定常状態
- 追う量が時間を通じて変わらない状態。出入りや反応が停止しているとは限らない。
- 受動拡散の平衡
- 受動拡散による正味の移動がない状態。両方向の分子移動がなくなったことではない。
- 恒常性
- 条件が変わる中で体内の状態を調節する働き。毎瞬間の完全な固定とは別。
- 調節変数
- 制御によって保とうとする対象の量。効果器への出力とは分ける。
- 検出器(センサー)
- 状態に関する情報を受け取り、報告する部分。
- 統合
- 入力情報を組み合わせ、必要な出力を決める過程。
- 効果器
- 指令を受け、筋の収縮や分泌などを通じて対象の状態へ働く部分。
- 負のフィードバック
- 応答が元の対象の変化を打ち消す方向に働く関係。
- 正のフィードバック
- 応答が元の対象の変化を強める方向に働く関係。
- フィードフォワード
- 予告や指令などから変化を先取りして出力を変える制御。
- 深部体温
- 脳や臓器など身体内部の温度。皮膚温とは別。
- 視床下部
- 脳の一部。温度情報の統合など正常な調節に関わる。
- 熱産生
- 代謝や筋活動などに伴って熱が生じること。熱を運ぶ過程や外へ失う過程とは別。
- 熱放散
- 身体から周囲へ熱を失うこと。交換の向きや蒸発の条件に関わる。
- ADH(抗利尿ホルモン)
- 正常に応答する腎集合管の水透過性を高め、水の保持に関わるホルモン。
- 集合管
- 腎臓で尿の通る管。管腔側と周囲の間質側を分けて水移動を考える。
- 再吸収
- 腎の管腔側から、物質や水を体内の血液・組織側へ戻す過程。
- 有効浸透圧差
- ここでは膜を通れない溶質が生む、両側の水移動を駆動する浸透圧の違い。